どうも、春眠亭あくびです。
今週のテーマはドラえもん。
ドラえもんの思い出はたくさんある。
僕は初めて買ってもらった漫画雑誌はコロコロコミックだったので、漫画はドラえもんから入ったといっても過言ではない。
落語研究会に所属していたころは、「ドラえもんは古典落語を参考に話を作ってるものがある」と聞き、漫画喫茶で読み漁った。
こどもの頃は映画版ドラえもんによく連れてってもらった。
夕方のテレビで唯一やっていたアニメがドラえもんの再放送だったから、それもよく見てた。
ゴジラのハリウッド版が出たときに、ドラえもんハリウッド版が出るんじゃないかと戦々恐々としたこともあった。ドラえもんを「ドゥラィマォン」とか発音されたら卒倒しちゃうなとか思ってたりした。
こうして書き出してみても十分すぎるドラえもんの思い出だ。
だけど、ここで初めて白状するけど、僕はそれほどドラえもんが好きではないようだ。
いや、ドラえもんは普通の漫画作品に比べれば好きな方なのよ。
でも、人生のナンバーワン作品とか、そういうのじゃないってことなのよ。
コロコロコミックだと、おぼっちゃまくんの方が好きだったのよ。
かっとばせキヨハラくんも好きだったし、だからこそ今の番長版清原と同一人物とはとても思えないのよ。
番長版清原も前歯を伸ばして走塁妨害するくらいお調子者だったらもっと国民に好かれてシャブにも手を出さずゲフンゲフン。
話を元にもどして、僕はドラえもんが言うほど好きじゃない。
でも、ここで厄介なのが、前述の「ドラえもんとの思い出」。
もうこんだけドラえもんに育ててもらったわけだ。
ある意味育ての親だ。
そりゃ好きじゃないなんて言えないでしょ。
結果僕は、「ドラえもんが超好きな人」を演じることになる。
ドラえもんのデアゴスティーニ版みたいな、毎月出るドラえもん特集雑誌みたいなのを毎号買ったし、ドラえもん映画版コミックが出れば全巻買い揃えた。
去年の夏、引越しをするときに本棚の整理をした。
たくさんのドラえもん関連書籍が、一度も開かれていないことに気付いた。
僕はこの現象を一度経験したことがある。
Z会現象だ。
高校生の頃、Z会に入会したものの、一切封を切らずに捨てたというあの現象。
Z会に入らなければという強迫観念のみで入会を強行し、結果何もやらずに母からこっぴどく叱られるでお馴染みの、あのZ会現象だ。
エンターテイメントのはずのドラえもんがいつのまにか義務になっていたことになんか悲しくなり、全部ブックオフに売った。
それからは肩の荷が降りたのか、ドラえもんが前よりちょっと好きになった。
スタンドバイミードラえもんは観にいこと思う。